テタの部屋

テタのお部屋で世間話

日本帰国 2026年 妖怪父編

いやね、今回帰国して思ったのは、家族皆がキャラ濃すぎて、テタはコン〇ームの薄々くらい薄っぺいなーって。


父は、私が日本を出るくらいから仕事が上手くいかなくなり、必至こいて一人で家を建てる為の資格と技術を独学で習得したらしい。

 

はい、一人で家を建てるんです。全て。業者さんがどうのこうのじゃなくて、一人です。どんだけ経費削減できるのでしょう。ってか、一人で建てるって、どういうこと?

 

ここだけでも、父は凄いなって思ったんだけど、これからです、凄いのは。

 

父、10年くらい前に、白血病になったらしいです。

父は「ここまでか」と思って、死んだら臓器移植などに自分を役立てて下さいって医者に言ったところ、「治験してみますか」と勧められ、「どうせ死ぬ身。役に立ってみよう。」と思って、即決で治験にOKする。

 

すると、、、、1週間後の検査で「あれ・・・・治っていますね」、、、と。

 

で、即退院して、また仕事に戻る。

 

5年くらい前は、屋根を作っていた所、突風が吹いて屋根から落ちる・・・・。命綱はしていなかったらしい・・・。

頭から大量の血が流れ、勿論本人は意識不明。

3日後に目を覚まし、医者からどういう状況だったか、これからの治療を聞かされる。

・頭蓋骨骨折

・肋骨骨折

・生きていた事が奇跡

・最低1か月は入院が必要

 

本人は、落ちてすぐに意識を失ったので、全く痛くもなく、凄い惨状でしたと聞かされても「はぁ、そうだったんですか」と思っていたらしい。

 

その後、父は1週間で無理矢理退院し、コルセットをしながら仕事に戻る。

この事故をきっかけに、命綱は付けるようになったという事です。・・・ってか、最初からしてよ。

 

そして、3年前、再度白血病が発病。血便も出る。

「いかん、いかん。これはいかん」って事で、即入院。

この時、どれくらいの期間入院していたかは分からないけど、入院中は、毎日点滴しながら走って体力を保っていたらしい。

で、これもまた治して退院・・・・。

 

・・・・白血病って治るの?母の知り合いは、結構すぐ亡くなってしまったけど。どうなんでしょう。

 

という話を超笑い話として聞かされました。なんだか、凄いんです。妖怪なんです。

でも、私も卵巣嚢腫の手術後、翌日退院したし、なんか、、、、似てるなって。テタのこの頑丈な体、父からだったんですね。母は体が弱いから。凄い遺伝子を受け継いでしまいました。


父は、「人間、筋肉が落ちたら終わり」と思っている部分があって、仕事先で出会った80代の寝たきりのお年寄りを3人、歩くトレーニングをさせて、自力で買い物まで行けるように手助けしたとか。

そのうちの一人は、ジムに通っているらしいですよ。

 

・・・・・なんつうかさ、皆、筋肉鍛えて妖怪目指していこうね。一人で家は建てなくていいからさ。

 

<追記>

最初の宿の最寄りの駅で、父と階段を駆け上がったんですが、父の方が早かったです。

テタ46歳、父78歳。そんな親子でした。

 

<おまけ>

「今日も今日とて、猫が可愛い」

久しぶりのクッキーさん♬

日本帰国 2026年

5月19日にチェコを発ち、5月20日の19時40分くらいだったかな、成田に着きました。

 

父は、1時間くらい前からそわそわして待っていたそうです。

親子って不思議だなって思うのは、どんなに見た目が変わっても分かってしまうって事。

 

無事に待ち合わせ場所で会えて、そのまま父の住む千葉のある都市に取った宿まで乗せて行ってもらう。

今回本当に思ったのが、家族皆、千葉に住んでいてくれないかなーって。いつもどこかの国際空港から宮崎へ飛んで、大変なんだわ。

 

「宿の写真」

 

昭和を感じてきました。トイレ・風呂共同。1泊4500円。個人的に、気に入りました。

なんで父の所に泊まらないのかって?父は母と離婚後、再婚しているのでね、この図々しいテタでも、流石にそこのお家にはあがれませんwww

千葉では、兄のいた所、ホームセンター等に連れて行ってもらったり、他、茨城に合気道本部の支部があるって言うので、そこに連れて行ってもらったり(合気道神社も側にあった)、あとはダラダラしていました。

2日だけ一人時間を貰って、合気道本部に行ったり、お友達と会ったり。

 

「合気道 新宿本部」

 

「父と行ったホームセンターで」

欲しいな、この2つ。右側の写真、社っての?あれ、次回の帰国では絶対買う。

 

「父に肉を食らわせてもらった」

肉、大好きです。

 

「合気道 茨城支部」

鐘の上にある、お飾り?なんて言うの?あそこに12支とか、12星座ではなく、12の合気道の技が描かれているのが素敵でした。

 

 

10日は千葉にいました。残りの5日は宮崎へ。

「ザ・南国」

と、宮崎に帰りましたら、、、、母と叔父が急に体調が悪くなりまして、しかも台風が来るねーみたいな状況になり、、、、結局宮崎は3日だけで、また成田に帰ったのでありました・・・。

「再度舞い戻った宮崎空港」

 

「姉が弁当を持たせてくれた」

有難く食らう。美味しかった(ノД`)・゜・。

 

「食べ納め」

ガキンチョの頃は50円だったブラックモンブランも、今は180円。



成田には元から取っていた温泉カプセルホテルを2日追加して滞在していました。

「マジここの宿最高で帰りたくなかった」

 

一泊4700円(温泉付き)。

温泉に入りながら、大したことのない台風が通り過ぎるのを待っていました。温泉に3日も入れて最高でした・・・・。
台風は大したことなかったけど、私が元々取っていた飛行機は、欠航になっていたから、早めに成田に来て良かったんだな。

 

この温泉宿の建物内に、美容室もあるっていうんでね、切ってきちゃいました、髪!人に切ってもらうのは11年ぶりくらい?やっぱり早いし楽。お金を払うって、人にお仕事をして貰う事なんだなって痛感。

 

さて、次回は父の妖怪ぶりを書こうと思います。

今日はこの辺で( ´Д`)ノ~バイバイ

20年ぶりに父に会う

そう、可哀想なわが父よ。あなたの娘は20年もあなたの連絡を拒否しておりました・・・。

 

私が父に対して色々抱いていた蟠り(わだかまり)が解けたのは、4月の末でした。

父が、実家の母に家族皆宛てに手紙を送ったのです。その内容が必死で、可愛そうになったという。

 

連絡が取れてから、私がチェコに行って家族を作っていたという事も知らずに、ショックを受けていました。

更に、兄の死を知らず、私から聞いてパニックになってしまった父・・・・。

兄が亡くなって思う所があって手紙を書いてきたのかと思っていたので、悪い事をしました。でも、知らない方がもっと可哀想だよね。

 

どうやら、2026年になって、彼の大切な人が二人次々と亡くなり、自分も78歳だしメッセージを残しておかないと、と思って手紙を書いたらしいのです。兄までも亡くして、それは困惑しますよね。

 

と同時に、連絡を取りたかった母と私と繋がれた喜び。姉は未だに拒否しています。人それぞれなので、私はそれでいいと思っています。

 

まぁね、父の何が凄いって、78歳で体力お化けなところ。

毎朝ラジオ体操やって懸垂。背筋もピンとして、どうみても60代かなり前半。

カッコいい眼鏡に、小ぎれいなポロシャツ。イケおじいです。

今でも朝から晩まで働いているらしい。

 

んでね、もっと凄いのが。。。。。「後妻との5人の子供には家を皆に作ってあげたから、次はそっちの皆にも何かしてあげたい。息子がもういなくて何もしてやれないのが辛いな。連絡が遅くなってごめんね。」と。。。

 

化け物超えて妖怪も越えて、、、、仙人?今からまた何件か家を建てようとしてたの?

こちらは皆住む場所もあって、困っている事はないから大丈夫よと返信しましたよ。

ここまで来ると、私達を本当に大切に思っていたんだなって伝わりました。

それまで気づけなかった私は未熟者だったのですね。

 

というわけで、来週火曜から日本に少し飛んできます。

父とは会わない期間を足したら39年くらい。娘らしく、少しは甘えてきます。

最期くらいは、楽しく過ごして欲しいよね。悪い娘で申し訳ない。

ウィーン日帰り旅行

1号が、学校が入試会場になるからお休みって事で、ウィーンに日帰り旅行に行ってきました。本当はミラノに連れて行きたかったんだけど、ほら、、、、何処かの皮膚科がテタを振り回したのでね、行けなくなったんですよ。

 

4月14日火曜日に行って参りました。

ウィーンはプラハより近い。電車だと1時間半くらい。プラハは3時間くらい。本当にさ、大使館での手続きがウィーンで出来たらいいなって思うよ。教科書とか貰って20kgくらい担いで帰って来るのは大変なんですよ。

 

んでね、今回のウィーン旅行のテーマ

 

・建築

・デザイン(分野は問わず)

・個性的なファッションや小物が見られるところ

 

と、AIさんに聞いて回ってきました。ドンピシャリな提案をしてくれて助かりました。

 

まずは建築。ずっと見たかったフンダートヴァッサーの建物。

 

「・・・・の前に、ウィーンの風景も」

トラムから降り立ったところの感じが凄く良くて写真を撮りました。というか、いっぱい食べ物屋さんがあった♬

 

「さて、本命」

 

 

うんうん、ずっと見たかった!この直線だけじゃなく、ごちゃごちゃ色んな物が入っているのにお互いが邪魔じゃない感じが好き。ポップな感じも好き。

 

次は郵便貯金局とかいう所。

「郵便貯金局の入り口の反対側にある建物」

ってか、郵便貯金局ちゃうんかいってね(笑)連邦政府庁舎とか言うらいしいよ。

 

「建物入ってすぐあるカフェ」

昔は郵便局として実際に使われていたということだろうね。ここの空間のデザインがいいのかな。ブルノの大展示場に似ているなと思いました。

 

「昔使っていたやつだと思う」

 

ここでは、ラッキーな事に無料のトイレにありつけました。

さて、どんどん行きましょう。

 

「コミュニスティックな・・・」

1号は中世的と言っていたな。

 

「ウィーンっぽいのものっけておこう」

 

さて、ここからは時計博物館に行く。

いーーーーっぱい面白い時計があったんだけどさーーー、写真あり過ぎるから厳選するね!

 

「ぐにゃぐにゃの時計の針の感じと、書かれている文字が複雑で良い」

「懐中時計祭り」

いっぱい所持して、毎日変えたいよね。

 

「日本の時計だって」

18世紀って、こんなの使ってたの?知らなかったよ!!

 

「絵の中に時計を埋めちゃうタイプ」

「犬の目で遊ぶタイプ」

もうさ、時計って見た目も複雑なのに、中身も複雑じゃん?絶対手作り出来ないよーって思っちゃう。

 

「これなら頑張れば出来るかも」

 

さて、次はファッションです。

 

「おっされー、な上に、入りずらい感じのお店」

センターあたりは、高級店が多くて、お店に拒否されている感じがあっては入れませんでした。

でね、もっと個性的なお店もあるって事で、少し離れたところも行って来たんだけどね、テタ、場所を間違えてしまって、あまり面白くない感じのショッピング街に出ました・・・。

帰りのトラムで外を見ていたら、あるある、面白そうなお店・・・・。しかも、一般ピーポーを拒否していない感じ。ごめん、1号。次の旅行の楽しみにとっておこう・・・。


「帰りのトラムに乗る前に・・・」

見つけてしまった、良さげなピアノ屋さん。試奏してきました・・・・。同じメーカーでも音もタッチも全然違うのね。ここまた行きたい・・・。

 

帰りは、わざとウィーンをぐるっと見る感じでトラムを選んだんですよ。わざと遠回りしました。いやぁ、歩き疲れた後のトラムから見る風景は良かった!

 

・・・と余裕ぶっこいてたら、肝心の最後の乗り換えでテタ、違うトラムに乗っちゃいまして、マリオの制限時間が迫っていますよー的な音楽が鳴り始める(頭の中で)。乗り間違えた場所まで走って戻って、あと10分程で帰りの電車が発車しちゃいますよーーーってな状況。

 

絶望的・・・・。

 

あー、1号ゴメン!!オカンがでけん奴だから、走らせてしまったね(ノД`)・゜・。

 

あと10分、あと10分・・・・。焦っても仕方がない。

 

絶望的な状況で正しいトラムを待つ。

・・・マリオの音楽のテンポは240くらいだろうか。

 

・・・トラム来た!!!乗る!!でも、急いでは貰えない!!
到着するトラム停留所は「中央駅南」的な名称。「中央駅」に行きたかったんだけどな。でも、地図だと走ってどうにかなるかもしれない距離。ってか、テタ、交通機関検索で行き先の入力も間違ってたし・・・。変更の時間はない。兎に角、目的地に着いたら「走る」事しか出来ないぞ。

 

・・・ちっちっちっちーーーーーん!!!

 

着いたーーーーー!!!発車4分前!!!!!走れば間に合うか?間に合うか???

 

有難い事に、停留所を降りたらホームに続いている場所だった!駅のホームのお知らせを見て(目の前だった!!ラッキー!!)、乗り場まで走るっ!!!!結構近い!!!

 

しかも、中央駅南からの方が列車が止まっているホームに近かった!!!ラッキー―――!!!

 

奇跡のラッキーが重なり、なんと、2分前くらいには電車に乗れたんじゃないかな。

階段を上ってすぐの列車に乗ったので、予約とった列車番号から遠いのか近いのか分からなかった。

 

が、もう電車には乗っている(ΦωΦ)フフフ 焦らなくてよいのだよ。

落ち着いて列車番号を確認する。今いるのは25号車。予約したのは22号車!!!近いじゃな~い♬

 

ラッキーがもう一つ重なりました!!!

という事で、今年全部の幸運を使い果たしたのでありました(笑)

 

いやぁ、もうちょっと計画立ててくればよかったよねー。

でも、耳の腫れの病院関係の事もあって、いつ手術なのかとか分からなかったから、前日に手術日が分かるまで行くか行かないかも分からなかったのよ。だから計画も立てずに行ったわけです( ^ω^)・・・

 

でも、楽しかったよ!1号と二人だと喧嘩にならず、お互い譲り合いながら旅行できるから良い。ご飯も一緒に食べると美味しいし(≧▽≦)娘は良いぞ!!

 

<おまけ>

「昔は住所になっていたコウノトリさん」

昔は住所は番号じゃなくて、こういうお飾りとかが住所だったらしいよ。

 

「綺麗やなー」

綺麗すぎて、テタかと思っちゃいました(≧▽≦)

普段はこういうものの女の人、綺麗って思う事ないんだけどね、これは綺麗だなって思ったの。

 

「人口の移り変わりの年代ごとのグラフ」

これね、拡大すると面白い事が分かるよ(ΦωΦ)フフフ 

 

あ、そういや、昼ご飯事件もあったんだった(笑)でも、もう長いからこれで終わり!

一つだけ言うと、ベトナム料理店はブルノが一番じゃ。

耳が腫れた事件

テタ、夏時間になってから1時間睡眠時間を削られまして、体が弱りましてん。

そのせいだと思うんだけどね、3月中ずっと押すと痛かった程度の耳の痛みの部分がですね、イキナリ腫れましてん。


「こんな感じ」


中年の耳なんか見せんなよって聞こえましたよ、そこのあなた。我慢しなさい。

さて、何科に行ったらいいのでしょうか。こういうヤバそうなのはAIに任せてはいけないような気がして、調べずに取り敢えず皮膚科に行ってみようと思いました。間違っていれば正しい所へ導いてもらえると思って。

はい、予約もなく急な症状ってことで行きましたよ。大病院に。順番は後回しにされるやつ。でも、大病院だったら、内科にも耳鼻科にも回してもらえるじゃん?最近、この大病院の婦人科は超対応も良くなったし、腕もいい。他の科も改善されているだろうね。きっと大病院様様よ!テタ、あったまいーーー♬と思いながら行きましたよ。

 

初診、4月7日火曜日。

4時間待ちました。本当に最後の最後でした。最後は待合室に私一人。あー、呼ばれんのかなーと心配になったほど。
診察室に入ると、50代くらいの感じは柔らかめだけど、なんか、、、、人間に興味なさそうな女医さんが座っておりました。

 

待て、怯むな、テタ。4時間も待ったし、きっとこの人は熟練先生に違いない。

 

そう自分に言い聞かせて診断を受ける。

 

症状と今までの経緯を伝える。

 →腫れた部分をよく見たり、触りもしないで抗生剤と塗り薬を処方される・・・・。

 

3日後に様子を見せに来てくださいとのこと。予約はいれませんので、また待ってくださいとの指示・・・。

 

なーんか嫌な予感。

だが、一応3日分のお薬を飲み、塗り薬を塗って再度3日後に臨む。

症状は全く改善されないどころか、微妙に悪化してる。

ここで、素人でも抗生剤は効かないとわかる。

血液検査が無かったのが不満で、かかりつけ医に行って検査の予約を取る。

 

 

4月17日金曜日、2回目受信。

毎回先生は違うので、今回は違う先生だと良いなぁと思っていく。

今回の待ち時間は2時間半。まぁ、、、アレを経験したので悪くはなかった。

 

先生は可愛い20代後半の先生。一生懸命見てくれた。でも、腫れが何なのか分からない、とのこと。

血液検査をしてくれて、結果を電話で連絡するから、その後の事はその時に指示しますね、と、一応心温まる対応でした。

 

その後、その日のうちに血液検査の結果が来たんですよ。早いなーと思った。嬉しいと思ったのも束の間。電話の人は50代くらいの女性の声。医者なのか看護婦なのかも分からないが、、、、

 

チェコに来て数年の外国人じゃ絶対分からないよってくらいの速さで話してくれました。有難う。でも、テタはほぼ理解しましたよ。

 

・血液検査は正常じゃねぇかよ(心の声:何しに来たん?)

・10日間の抗生物質を出すから、その後に再度来やがれ。診てやるから。
・ってか、耳鼻科に行ったらいいんじゃね?(心の声:お前の相手してくねぇし)

 

という感じで、電話をブツっ!!!と切られました。

 

あー、これ、ダメなやつだ(笑)抗生物質、7日分しか処方されなかったし(笑)
こりゃAIに聞こう。

 

・これは柔道耳

・行くのは耳鼻科

・だって、そこから耳の中への影響があるから、耳鼻科が対応しているのよ。

・針で腫れを刺して中身を出すか、切って出すか、になると思うよ

・再発する事があるので、ガーゼなどで押さえることがあるよ

 

など、心温まる対応でした。しかも後日、耳鼻科に行き的確な情報だという事が分かる。

 

さて、4月13日月曜日になり血液検査に行き、その後、時間があったので耳鼻科に電話して予約していないけど今日行って良いか聞いたら、14時半だったらOKとのことで、行く。

 

心弾ませて行きましたよ。普通に丁寧に腫れを診察してくれて、キチンと耳の中に炎症が広がっていないか見てくれました(ノД`)・゜・。

これはちょっとした手術が必要だからとすぐに大病院に紹介状を書いてくれる。

 

はい。また大病院に戻されました(笑)でも、耳鼻科!

気を取り直して予約の電話をすぐに入れる。はい、ここからまた物語が始まります。

 

先日行った皮膚科と同じ大病院にかけたんですよ。

 

受付「はい、○○病院 耳鼻科」(声がヤンキーくらいの態度の悪さ)

 

テタ「耳が腫れて2週間くらいなって、耳鼻科行ったら紹介状もらいまして、予約いれたいのですが」

 

受付「は?それって急ぎじゃん。△△病院の救急に今日行ってらっしゃい」

 

と、同じ病院だけど、違う場所にある方を案内される・・・。ま、でも、こんな対応の所に行きたくもないしね。テタ、行きましたよ、△△病院に。本日三軒目の医療機関。


受付に行くと、通常の受診時間が終わっているので、変なアジア人のオバハンがいるのにちょっとビックリな病院の人たち。

 

しかーーーーしっ!!!!!ここからが違った!!!

 

変な時間に、変なオバハンが来たからといって冷たくすることもなく、冷静に温かく事情を聴いてくれました。んで、予約も入れてくれました!!!!!!!

 

さて、予約日の4月15日水曜日がやってきました。

これでやっと処置して貰って腫れがなくなるんだーーー!

と思いましたら、今日ここで針で穴をあけるより、何かあった時の為にキチンと切って開けましょうということになり、手術日を別に日に入れる事に。

 

あー、まだこの腫れとお付合いかー。と思ったんだけど、先生と看護婦さんはかなりフレンドリーで、先生は腫れもしっかり見て触ってくれたし、耳鼻口全部見てくれた!しかも、鼓膜に過去に穴をあけた形跡まで見つけてくれた♬
何より、セカンドピニオンみたいなのも大切にしているのかな、他の先生も呼んで、キチンと症状見せて、方針を決めてた。先日、3号の小児科大病院の皮膚科に行った時もそうしてた。最近はそうなの?いい仕組みだと思う。別の病院に行かなくていいじゃんん。

 

手術日は5月5日。ちょっと先だけど、予約が埋まっているらしい。でも、終わりが見えたよ(ノД`)・゜・。
切った後は、経過を何度か見せに行って終わりだよ、腫れの中の物も検査してお伝えっするよって、そこまで教えてくれた(ノД`)・゜・。

 

ってか、最初の皮膚科に行った時点で、どうして耳鼻科に行けって言ってくれなかったの?抗生剤で無駄にテタの体の菌殺したし、時間も半端なく無駄にした。

しかも、一般的には皮膚科でも対応しているっぽい。え?あの病院の皮膚科、無能なの?あの血液検査の電話の対応の悪さは「わしら無能で分からないから他行けよ」という、悔しさいっぱいの電話だったのかしらね。


○○病院は、婦人科以外行かない。人間扱いしてくれないもん。いや、これは外国人だから、というわけでなく、普通にチェコ人でも同じだよ、とチェコの方々のご意見です。知らんけど。

というわけで、5月5日に、腫れを取ってきます!

 

「お疲れ、テタ。代わりに寝といてあげる。」


有難う!!クッキーさんは気が利くね(≧▽≦)

週末は合気道の合同練習へ

ブルノで合同練習があるっていうんで、行ってきました。

世界各地でこういうのは開催されているんですが、なかなか行けないじゃない?

土曜日、日曜日とあったんだけど、土曜日だけ。
午前と午後、合わせて4時間の練習に参加しました~☆

午前は、何となくだけどついて行けた。上級者の人に教えてもらいながら。上手い人、優しい人いっぱいいたな。午前を担当した先生も教え方がお上手。何より、冗談も面白いし、雰囲気も良くなる。私はチェコの合気道しか触れたことがないので、他国は知らないんだけど、とにかく「フレンドリー」。これが特徴。

 

午後の部。これはいかんかった。上級者向けで、何を言っているのかも、しているのかも「?」でした。同じ道場の人と組みましたが、初級の私たちにはあまりにも分からな過ぎて、途中から先生が言っている事とは違う、自分達のしたい稽古だけしました・・・。何も分からない事に凹みましたが、もっと練習しないとなというモチベーションにもなりました。

 

結果、とっても良い経験となりました。

他の道場で、凄く優しい人とか、面白い人とかと出会えて、本当に良かったと思います。勿論、そうじゃない人も少数だけどいるけどね(≧▽≦) 

機会があれば、またこういうのに参加したいと思いました!

まさかテタがスポーツ類の事をするとは思ってもいませんでした(≧▽≦) スポーツ大嫌い(笑)でも、合気道だけは楽しい!

もともとは、合気道の精神に惚れて始めたから、その精神と動きを同時に感じた時に(分かった時、っていうのかな)、私は何を感じるんだろうって、そういう興味が一番大きいです。目標はそこ!
まずは動きを習得しないとだから、コツコツと練習を重ねていきます(^-^) どんだけかかるんでしょうね!

合気道と楽器を演奏する事

この二つが自分の中で結びつくとは思いませんでした。

いや、どんな事もそれぞれ通じているのかもしれないけど、気を付けることが似ている。

 

・肩の力を抜く

・体の重心を気にしながら体を動かす

・今ある事に全集中

・心が綺麗じゃないと良い動きは出来ない、良い音は出ない

・細かい部分を大切に(手の小さな動きとか、どこに力をどれくらい入れるのとか)

・上記の事、またはそれ以上の事を同時に完璧にこなさないといけない

・今ココ!!っていうタイミングがある

・毎回全く同じという動きはない、音はない、リズムもない

 (とってもフレキシブルじゃないといけない)

 

楽器の中だと、バイオリンが一番合気道に近いかも。一度に気を付けることが多すぎる。

 

3号が毎回バイオリンでこっちを直しては、あっちが出来なくなり、あっちを直せばこっちが出来なくなり、という事が起こっているのが、よーーーーく分かって、3号に対する対応が少し変わった・・・・かもしれない(笑)

 

何事も、理論を体に落とすって大変だね。

 

「焦らず着実に」